本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「意志」 『君たちはどう生きるか』


イラスト 藤原あずみ

  新しい年度が始まった。あちこちで「入学おめでとう」の文字が躍る。心浮き立つはずの春。いつもなら人恋しい猫のように体にまとわり付いてくる春の空気が、今年はなぜか体に寄り添って来ない。災害の不安が心を縛るせいもあるだろう。しかし、春とは思えぬ空気の冷たさに、なかなか心が和めずにいる。東北の地はどうだろうか。津波で崩壊した場所にも、春の兆しは見え始めているのだろうか。爪痕と呼ぶにはあまりにも大きい、ごっそりとこそぎ取られた大地に、温かな暮らしが早く戻って来ますように。

 関東でも余震がまだ続く。体が常に揺れていて、大きな船で彷徨っているような錯覚に陥る。その<船>のへさきは傾き、エンジンルームは故障中。回復状況は日々報告されるが、<乗組員>の不安は消えない。船は進路を変えずにこのまま突き進むしかないのだろうか。政治や経済に疎い私でも、国の未来に不安を覚えずにはいられない。見せかけの豊かさに誤魔化されて、本当の幸福からどんどん遠ざかっているような気がする。格差を生む競争。騙したり試したり。目の前の物を奪い合ったり、貯めこんだり。煽られて求めた「豊かな暮らし」という進路の先に見えるのは、ただの蜃気楼ではないのか。

 「君たちはどう生きるか」は、1937年に新潮社から刊行された青少年の為の哲学書だ。戦争中、軍国主義政権の検閲を受けて途切れたものの、戦後に復刊。1967年にはポプラ社からも改訂版が出され、半世紀以上読み継がれて来た。哲学書とはいえ、物語と手紙の形式で書かれていて、日本版「クオレ」のような印象を受ける。主人公のコペル君こと本田純一君は中学二年生。父親はいないが、明るく腕白な少年だ。デパートの屋上から通りを見下ろし「人間は水の中の分子みたいだ」とつぶやいた事から、彼は叔父さんにコペルニクス(コペル君)と渾名を付けられる。他人というたくさんの分子と関係しあって生きる自分という分子。コペル君は叔父さんと手紙を交し合いながら、「どう生きるか」を模索して行く。上級生に殴られる友達を、臆病心から見捨ててしまい、コペル君が苦しむ場面がある。叔父さんは、ゲーテの言葉を引きながらコペル君に手紙を書く。

 『ぼくたちは、自分で自分を決定する力をもっている。だからあやまりを犯すこともある。しかし--ぼくたちは、自分で自分を決定する力をもっている。だから、あやまりから立ちなおることもできるのだ。そして、コペル君、君のいう「人間分子」の運動が、ほかの物質の分子の運動とことなるところも、またこの点にあるのだよ』。・・・

 【メモ】「君たちはどう生きるか」吉野源三郎・ポプラ社

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