東北関東大震災が起きた時、私は小学校の敷地内にある学童保育所で、同僚の先生と登所児童を待っていた。ぐらっと最初の揺れ。慌てて机の下にもぐった。古い校舎の床がきしみ、ガラスがミシミシと音をたてた。スチールのロッカーががたがた動く。天井から下がった蛍光灯がぐらぐらと揺れる。ずっと他人事だと思っていた災害の渦が、とうとう自分の身に降りかかったのだと覚悟した。覚悟しながらも「止まって、止まって」と祈っていた。
どれくらい机の脚にしがみついていただろう。揺れが治まり、ほっとする間もなく、名簿、救急箱、出席簿を持ち、運動場へと走った。銀色の防災頭巾を被った子供達が、担任の先生に引率され、次々と集まって来る。余震は続いた。足の裏に大地の震えが伝わってくる。何があってもどっしりと構えている筈の大地。その大地がこんなに頼りないとは。その大地の上で暮らす人間は、更に頼りなく脆い。泣いている子を励まし、こんな時にもふらふらして言う事を聞かない子を叱る。余震が起きる度、緊張が走る。陽が落ち、冷たい風が吹き始めた。毛布が支給された。暗い空からやがて雨が落ち始め、体育館へと避難。食料が届けられ、ビスケットを口にした子から「おいしい」と笑みがこぼれた。
昇降口に落ちたガラス。盛り上がって剥がれたタイル。逃げる時に此処を通りかかっていたら、とひやりとする。怪我人が出なかった事に安堵した。
その夜は、ラジオで一晩中ニュースを聞いていた。時間の経過と共に、遠い地では、じわじわと被害が広がっていた。炎や濁流に、瞬時に命を奪われた人々。人だけではない、犬や猫や家畜やおそらく様々な小さな生き物も……。ラジオに映像がないだけに、頭の中で恐ろしい光景が膨れ上がった。今度は助かった、だが、次は自分の番かもしれないと思う。「露の世は露の世ながらさりながら」。一茶の句が唐突に浮かんだ。いや、唐突ではない。ここ数日、フィリップ・フォレストの『さりながら』を読んでいた。『さりながら』は、フランス人のフォレストが捉えた「小林一茶」「夏目漱石」「山端庸介」の物語である。そこには、子を亡くした親の喪失感が、執拗に且つ繊細に描き出されている。失ったものたちは、いったいどこへ行くのかと、慟哭の果てに静かに問いかけてくる物語だ。一茶も漱石もフォレストも我が子を亡くした哀しみを背負い、文字にする事で死と対峙している。山端は子を亡くしていないが、原爆が落ちた翌日、長崎で多くの死者を撮った。感情をつぶし瞬きをするようにシャッターを切った。喪われた街の、屍と死にかけた人たちの間で、自分が生きている事におそらく罪悪感を抱きながら。フォレストの喪失の物語は、最後は震災の街、神戸で幕を閉じる。・・・
【メモ】「さりながら」フィリップ・フォレスト・白水社
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