本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「何方(いづかた)」 『人形の旅立ち』


イラスト 藤原あずみ

  国立歴史民俗博物館に、「和宮ゆかりの雛かざり」が展示されている。皇女和宮は、十四代将軍徳川家茂に降嫁して激動の時代を生きた人。彼女の人生を思いながら、格式ある雛飾りを眺めてきた。真ん中に内裏雛が並び、後ろには洛中洛外図屏風。左右には、ぎっしりと嫁入り道具が並ぶ。黒漆のもの、蒔絵を施したもの、ギヤマン細工など、その繊細さと美しさと種類の多さに感嘆した。三年続けて見に来ているので目新しさはないはずなのに、足を止めて深く見入ってしまった。古い雛人形の佇まいから漂ってくるのは、「滅びの美」だろうか。静謐な姿の奥に、戻る事のできない時の流れと逢う事の叶わない人の姿が見えた。同じ館内の民俗のコーナーには、流し雛の展示がある。一艘の舟にぎっしりと詰め込まれた雛人形。あでやかな衣装と、たくさんの小さな白い顔。それを見た時も、心がぐらりと傾いた。思い浮かんだのは、平家物語の壇の浦の場面だ。華やかさも美しさも束の間の夢。すべては過ぎ去り、時の流れへと呑み込まれてゆく。古人が言う「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にはあらず」の、その流れの中へと。

 旧暦で祝った少女時代の雛の思い出は、祖母が作った甘酒の味を伴う。ぬるくした炬燵の中で、祖母は麹を仕込んで甘酒を作った。麹のブツブツが口に残る、粥のような甘酒だった。丁度その頃、春が遅い信州でも、タンポポ、スミレ、桃の花が咲き始める。花を摘み、縁先で野花のお雛様を作った。花を頭にし、柿の葉を幾重にも重ねて着物にして。そんな時、おやつ代わりにと祖母が甘酒を縁先まで運んでくれた。甘酒の微かな甘み。花の匂い。うららかな陽射し。遠い日の事なのに、雛人形は、記憶の底から少女の頃の思い出を誘ってくれる。「時」が戻る事のない「河」ならば、「思い出」は尽きる事のない「泉」かもしれない。

 母に連れられて、隣のお嫁さんの花嫁道具を見に行ったのも、雛の季節だった。箪笥の中身まで近所の人に披露する風習には、花嫁の覚悟が問われるだろう。笑顔でお茶を振舞っていたお嫁さんの心中は、子どもの私にはわからなかったけれど。

 私の雛人形は、土蔵の奥の木箱にしまわれていた。蓋を開けると樟脳の匂い。薄紙を剥ぎ、着物の皺を伸ばす。・・・

 【メモ】「人形の旅立ち」長谷川摂子・福音館書店

 

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