幕張ベイタウンの公民館で自主上映の映画会が開かれた。ジャン=ポール・ジョー監督の「未来の食卓」だ。観たいと思いつつ機会を逸していたので、近場での上映会は嬉しかった。食と命の本質を、遠回りせずに伝えてくれる貴重なドキュメンタリー映画だった。
映画の舞台は南フランスのバルジャック村。ショーレ村長は、子どもたちの未来の食卓を守る為に、学校給食と高齢者の宅配給食をオーガニックにしようと決意する。豊かな農業国のイメージを持つフランスだが、大量の農薬と化学肥料とが使われている。農薬が原因とわかる癌患者の増加が、ショーレ村長の決断の背景にあった。体が蝕まれると知りつつの農薬散布。土壌が痩せるとわかっていても使わざるを得ない化学肥料。大量生産、遠隔地消費、薄利多売の消費構造に組み込まれたどこの国の農村でも、おそらく同じことが起きているのだろう。そしてそれを摂取する側においても。
食べることは生きること。食物で身体は作られる。だが、その食物がどれだけ本物から遠ざかり危険物質を孕んでいるか。食物のみならず、資本主義による経済の流れが、どれほどの無駄と悪影響を私たちの暮らしに及ぼしているか、映画を見ながら戦慄を覚えずにはいられなかった。
世の中の大きな流れを覆そうとするショーレ村長の言葉は力強かった。「誰かを責めるのでなく、友好的に変革したい。相談相手は自分の良心だ」。学校菜園で育てた野菜を通し、本物の味を知った子供たちがまず変わった。そして、その親も変わって行く。「以前は冷蔵庫の中がぎっしり。必要のないものまで買って、まるで商品が迫ってくるみたいだったわ。でも今は毎日、必要なものだけ買うから冷蔵庫はからっぽよ」。食を変えることで、なんと生活のスタンスまで変化するのだ。そして多分、心の中も変わるだろう。本質に近づこうとすれば、生き方も本来の流れに戻る。手始めに、季節のものを体に合わせて食べるようになるだろう。真冬に味のないトマトを食べたり、鮮度が落ち防腐剤まみれの輸入食品を買ったりはしないだろう。安全性を追求すればかえって高くつくのが現代社会だ。だが、食べて太った分をフィットネスクラブで消費したり、成人病で病院通いをすることを思えば、最初から本物の食材を手間隙かけて調理する方が安上がりなことは、誰でも想像がつくだろう。
神様が創り出したものはひとつとして無駄がない。それがまさに有機的秩序(オーガニックオーダー)だ。すべてのものは循環し影響しあって繋がっている。ものの本質が本来の姿で保たれる時、有機的秩序もまた保たれる。自然に逆らった方法で物を生み出せば、秩序は乱れ大地も水もそこに住む全てが病む。私たちの孫やその孫たちの健全な食卓を、私たちの欲の為に奪ってはならない。・・・
【メモ】「たいせつなこと」M・W・ブラウン/フレーベル館
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