社会部記者だった若いころ、県警の幹部から一通の手紙を託された。そこにはつたない文字で「私は工場で働くつもりで日本に来たのに…」と涙がつづられていた。売春を強要されたアジア人女性が同国のスナックママを殺害した事件。強面の幹部が珍しく仏の顔になって、「ペンの力で何とかならんか」と頼む。ペンは金のため操を売らざるを得なかった窮状を訴え、殺人事件としては当時異例の温情判決が下された。
今から10余年前のこと。同時期、吉永マサユキが東京に住み着いたアジア諸国(タイ、ミャンマー、パキスタン、モンゴルなど)の外国人労働者を撮っていたのである。彼のカメラはペンが光を当てた陰の部分ではなく、アジア人の奔放な明るさ、陽の部分を最輝度でとらえる。そこには衣食住で貧しい、出稼ぎの悲壮感はない。「自国の祭りや風習を持ち込んで、やけに楽しそうで、溌剌(はつらつ)としている」(あとがきより)。まず、ここが日本の、しかも首都なのかと目を疑う。立すいの余地もなく体育館を埋めたイスラム教徒。宣教師を前にして、彼らの敬けんな祈りが始まる。壇上からの撮影視点が頭の粒を大きなうねりに変える。アジア勢力に席巻されたトウキョウ。このワンカットだけで底知れぬエネルギーを肌で感じる。雑にはさみで切り抜いたようなコラージュ、あえて紙質を落としたチープさも汗と香辛料が混じった臭気を視覚化する演出だ。
吉永は不世出の肖像写真家である。その被写体選択眼は、近作「若き日本人の肖像」(09年5月刊)に至るまで、常に社会のマイノリティーやアウトローに向けられてきた。彼らに共通するのはコンプレックスをはね返す派手な自己表現と生に対する力強さ。1999年に発刊された本書は11年ぶりの復刊となる。バブル崩壊後の実感なき景気回復を経て、リーマンショックを発端とした金融不況で自信を喪失した日本人。吉永は、同じアジア人のパワーを再び見せて、私たちを勇気づける。写真はペンよりも強しなのだ。 (文化部 安原直樹)