のどから手が出るほど欲しかった本だ。古本は高値がついていたが、100年に一度の不況によって値ごろ感。これ幸いとのどから手が飛び出した。
ハービー・山口といえば、芸能人とのコラボ作品が有名だ。たとえばN局大河ドラマに出演中の俳優福山雅治との「LEICA・LIVE・LIFE」やシンガーソングライター山崎まさよしとの「bridge22」など。大体、アーティストは気難しいものだが、山口は相手の心にすっと入っていける撮影者としての天賦(てんぷ)の才に恵まれているのだろう。
本書はかつて同潤会代官山アパートがあった地区を舞台とし、そこに暮らす市井の人々をモデルにしている。モノクロのスクエア画面はまるで時が止まったかのごとき静寂に包まれている。柔らかなトーンが優しいテイストに仕上げる。その画調の中で住民が平和に暮らし、干した洗濯物や布団などの挿入カットが生活のリズムを刻んでいく。
愛を育むカップルの作品が特によい。ベンチで弁当を広げ、バイクに二人乗りし、また別のカップルはキスをする…。表紙のカットは、構図や明暗対比の面でアメリカ人写真家ウィリアム・ユージン・スミス(1918~78年)の傑作と重なる。「楽園への歩み」(マイ・ドウター・ジュアニタ)。幼い娘と息子が森の小道を奥へと歩む。シルエットとなった木々のアーチをくぐり抜け、待っているのはまばゆい光。山口の作品は、若い男女がしっかりと手を握り、走り出す躍動感が加わっており、「楽園(代官山17番地)への疾走」とでも名付けたい。「世界の写真家」(重森弘淹著、ダヴィッド社)によると、ユージン・スミスの主題は常にいとおしき者たちへの“愛”だったという。時を経て、日本の写真家も同じ愛の視線をモデルに向けスナップショットした、と解釈したい。
市井の人にまぎれ、福山や森高千里、瀬戸朝香など著名人の若き姿の発見をみる。福山の手には山口の“愛”するライカM3が授けられている。(文化部 安原直樹)