房総の作家

■プロフィール
中谷順子(なかたに・じゅんこ)
  詩人、文芸評論家。房総文化懇話会会員。元千葉県詩人クラブ会長。詩誌『覇気』主宰。詩集に『返信』『白熱』『破れ旗』、著書に『房総の作家①②③』など多数。千葉市在住。


「霞町物語」に見る青年時代 浅田次郎(3)


浅田次郎氏

 浅田は1951年12月13日、中野区鍋屋横丁の旧士族の家に生まれた。本名・岩戸康次郎。浅田次郎はペンネーム。

 『鉄道員(ぽっぽや)』収録の短編「角筈にて」は、新宿歌舞伎町にあった旧地名・角筈(つのはず)を用いている。集英社文庫『鉄道員』の解説を浅田自身が書いていて、「『角筈にて』は、私のいまわしい幼時体験を書いた。むろんありのままではないが、おおむね実話である」と記している。角筈は子供の頃たびたび出かけた懐かしい地名なのだろう。

 「おおむね実話」とあるので、日本ペンクラブでご本人に伺うと、「自分のことそのままを描いてはいない。どの作品にも自分を書いてますよ」とお話になる。「それはァ作品というのはそういうものでしょうけれど」と筆者は応じる。実際の地名などを用いながらも抽象的に書くのが、彼の手法だそうだ。そこで、もう少し踏み込んで「体験というのはお父様のことですか」と聞いてみる。すると、「ええ」と簡単にお答えになった。

 浅田の子供時代についてあまり知られていない。ご本人も語りたがらないといわれているので、それ以上は控えさせてもらった。

 「角筈にて」には、少年を置いていなくなる父親の話が挿入されている。そして少年は父の従兄の家で成長することになる。少年の目からみる父の姿、「父の麻の背広には、汗がしみていた」の描写が、現実的真実を帯びて迫ってくる作品である。少年は成長し、出世街道を走るがすべり降りてしまう。消沈した気分で父の亡霊と出会うことになる。「恭ちゃん。すまないけど、お父さんはおまえを捨てる」。この一言が恭一の聞きたい言葉だった。

 この話のどこかに、彼の幼年体験が埋め込まれているのだろう。......


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