妻と別居し、三里塚御料牧場の一隅で一人住まいとなった葉舟は、周辺の自然や村人の生活を、自然主義の描き方で観察記録することに楽しみを見出していく。
昭和11年に刊行した小品集『村の無名氏』には、1936年の大雪が書かれ、翌日の村人たちや雪が溶けていく美しさが描写されている。
ゆふべの嵐でひどい雪折れのした林を見まはりに出た村の人たちが、互ひに挨拶をしながら深い紺碧の空を、驚いた目で見上げて話しあってゐる。雪をかぶった松杉の枝はしなって、このきらきらした朝日にちかちか輝く白い無数の雪片の反射が、少し太陽の光が当るともうぽたぽたと溶けて雫をおとし始めて来た。あちらこちらでどさりどさりと固りの落ちる音。時がたって日が高くなるにつれて、木から落ちる雫が、降りそゝぐ水の音のやうになる。林の中はじゃぼじゃぼいふ水の音で一ぱいになってしまった。(「春の祭」より)
周辺に住む青年達と下総郷土談話会を作り、下総台地の民間伝承や習俗を採集調査するのは50歳を過ぎたころのこと。『七葉樹』(「七葉会」)というガリ版刷り機関誌を創刊している。互いの作品を「千葉毎日新聞」に寄稿し、民俗研究を推進したり、印旛沼国語教育会でつづり方を指導したりと、地方の農村に文化の種をまき、その育成に努めている。
『七葉樹』とは「とちのき」のことで、1本の葉柄に通常7枚の葉をつける。現在の三里塚御料牧場記念館の前の大木の並木は「とちのき」で、夏に大きな実を結ぶ。この土地に古くから生えている木のようだ。・・・